2001年、平成の大合併により誕生した埼玉県の政令指定都市かつ県庁所在地のさいたま市は、大宮市、浦和市、与野市の合併により誕生しました。
それまでは埼玉県の交通の要衝で風俗の中心であった大宮市は大宮区、西区、北区、見沼区と一部中央区に、行政の中心であった浦和市は浦和区となりました。
ここに大宮市は明治3年の市制令発布依頼おおよそ130年の歴史に幕を下ろしました。
大宮という地名は、現在の大宮駅の北東2キロほどに鎮座する武蔵国一宮氷川神社にあります。
氷川神社は社伝によれば、孝昭天皇3年(紀元前473年)に創建されたとされる関東でも、府中の大國魂神社と一二を競う古い神社です。
この氷川神社の宮殿を、「大いなる宮居」とあがめたことに始まるといわれています。
とくに1180年、源頼朝の家臣で、義経のお目付け役でもあった土肥実平により社殿が再建されています。
そのため平安時代末期よりその門前町として栄えてきました。
さらには室町時代、河越(現在の川越)と岩付(現在の岩槻)を北への守りとしていた太田道灌公に両城の行き来をする要衝として庇護されてきました。
また江戸時代の寛永5年(1628年)関東郡代伊奈忠治より中仙道が整備されました。
それが現在の旧道で大宮駅東口前を南北に縦行しています。
が、室町時代までは、現在も残る氷川神社の参道が中仙道だったとも言われています。
その際、伊奈氏は参道が街道とは恐れ多いことといい、平気で自分達が住むために神社を遷宮する徳川将軍家と違い、街道と民家を移したのでした。
その移転先がその後の中仙道大宮の宿として栄えた地域です。
そのような地域に多くの風俗店が出来たわけなんです。
また関東地方各地にある氷川神社は東京赤坂も含め、全てがこの神社から派生した神社で、氷川神社の総本山でもあります。
しかし明治維新の廃藩置県により、埼玉県の県庁所在地が浦和と定められると、浦和に人も物も集まりだし、一時期の大宮界隈は衰退してしまいました。
明治16年、現在の高崎線を開通させるにあたって、当時の鉄道省は浦和に駅をつくるものの、この大宮で駅をつくる計画はありませんでした。
そこで、さらに大宮が衰退することに危惧した後に大宮町長である白井助七氏は広大な引込み線用地と駅舎敷地を無償提供する変わりに駅をつくるよう奔走しました。
このかいあって大宮駅が誕生したのです。
さらに明治18年、現在の宇都宮線が開業し、それが延伸して東北本線となり、大宮は奥州東北と信越地方への玄関口として栄えることとなりました。
さらに昭和初期には現在の川越線が開業し交通の要衝として発展したのです。
特に昭和57年には東北上越新幹線が開業し、その当時は上野まで開通しておらず、当初3年間は大宮駅を始発としていました。
白井氏の銅像は現在のソニックシティ前に建立されています。
また白井により提供された広大な敷地は現在大宮新都心となっています。
それにしてもJR。
やれ駅ナカなど、民営化後は民業を圧迫し儲けることに走っていますが、その大元であるその土地はもともとは市民が無償で提供した土地であることを忘れているのではないかとも思える所業です。
その周辺に大宮風俗の発展があったようです。
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